著作紹介Works

朝日新聞校閲センター長が絶対に見逃さない間違えやすい日本語

言葉の番人が見過ごさない!厳選340語。漢字・慣用句・四字熟語から文章添削まで、正しい「読み方」「書き方」「使い方」を仕事にも活かす!

「まえがき」から一部抜粋

 言葉は時代とともに変化する。本来の意味や使い方から外れたものが定着すると、それは新しい概念を持った言葉となる。平安時代の言葉が、意味を変えて現代に生き残っている例は多々ある。一方、明治時代の文学はすでに古典の仲間入りをしている。我々はそんな時代を生きている。

 「汚名挽回」は「汚名返上」と「名誉挽回」が混同され、定着しつつある言葉だ。辞書や解説書などには「汚名を返上して、名誉を回復させたことをつづめて言ったものだ」と説明し、この言い回しを認めるものもある。しかし、この解釈は「汚名返上」と「名誉回復」の意味を知らなければ成り立たない。誤用の定着を認めたうえでの、いわば後付けの解釈とも言える。もとの言葉を知らずに「汚名挽回」と使っている場合には、成立しない解釈になる。

 「苦肉の策」を「苦し紛れの方法」という解釈の方が一般的になってきた。「自分の肉体を傷つけてまで相手をあざむく計略」、つまり「苦肉の計」という本来の意味で使うことはほとんどなくなった。確かに通常の会話で「苦し紛れ」の意味で使っても誤解は生じないだろう。しかし、故事に沿った理解を求められる入学試験や入社試験、一般教養としては通用しない。

 「雨模様」は「雨催い」、つまり「雨が降りそうな空模様」をいう言葉だ。それを「すでに雨が降っている」という意味で使うと、本来の意味とのずれがコミュニケーションのギャップを生むことにもなる。新聞などでは「雨が降りそうだ」と言い換えて誤解のないよう工夫している。しかしこういう言い換えをすることで、日本語の多様な表現を自ら捨てていくことにもなる。

 インターネットを通じて、あっという間に情報が拡散する時代に、生きている言葉を切り取って説明することは困難を極める。しかしだからこそ、誤解を生じないための一助として言葉を見ていくことが必要なのではないか、と考えた。

2014年春